2019年立秋はいつ?その意味?まだ暑いのでかき氷について考察

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1.立秋の意味

立春や立夏でも出たフレーズ「暦上はXX」、立秋となり、暦上は秋となりました。

夏が極まり秋の気配が立ち始める日。七月節(旧暦7月)。『暦便覧』では「初めて秋の気立つがゆゑなれば也」と説明している。

「秋の気立つ」、初めて秋の気配を感じるからと言っていますね。

暑さも相当ですが、そこはかとなく、秋の気配(たとえば、虫の声が聞こえるとか、ひんやりした風を感じるとか)が忍び寄ってくる時期なのですね。実態は、旧暦ですので、もう少し先になると思いますが。

二十四節気の生まれた中国内陸部は、大陸性気候のため、この時期は気温が下がり始めています。

しかし、海に囲まれた我が日本列島では、ピークがずれ込み、猛暑の時期となることが多いですね。大暑よりも暑いかもしれません。

ほぼ日手帳の立秋の説明は以下のようになっています。今、言ったようなことが書いてありますね。

毎日の暑さからは想像できませんが、暦の上では秋の始まり。この日を境に、季節の挨拶も暑中見舞いから残暑見舞いへと切り替わります。

まだまだ暑いのですが、ここからは、暑中ではなく残暑に変わるのですね。はやく、涼しくなってもらいたいものです。

歳時記カレンダーではどうでしょうか。

上は述した内容と、同じことを言っています。

やっぱり、8月なので、まだまだ暑く、あくまでも暦上の秋なんですね。

2.2019年の立秋はいつ?

2019年の立秋は8月8日ですね。

この日に起きたことは何か調べると、1955年現在のソニーが世界初のトランジスタラジオを発売なんてのがありました。

2002年には、東京・神奈川県境の多摩川でアゴヒゲアザラシ「タマちゃん」が見つかりました。

連日ニュースで取上げられ話題となりました。

60爺も、このニュースは覚えています。

記念日として何かないか調べたら、鼻の日「は(8)な(7)」の語呂合せで日本耳鼻咽喉科学会が1961年に制定。バナナの日「バ(8)ナナ(7)」の語呂合せで日本バナナ輸入組合が制定なんてのがありました。

さて、立秋はいつなのか、以下の計算式で出せますよ。

  • 2008年 – 2039年 年が4で割った余りが0、1、2のとき8月7日、それ以外は8月8日
  • 2040年 – 2071年 8月7日

2040年から32年間、立秋は8月7日に固定されるんですね。60爺は、2040年には、齢(よわい)80歳を越えますので、生存しているかどうか・・・。

3.立秋のお天気

暦の上では秋ですが、猛暑になることもあるなぞと言われている立秋の過去のお天気を調べてみましょう。大暑がそれほどでもなかったのですが、その上をゆくかもしれませんね(goo天気 過去 横浜)。

なんと、過去10年でみると、晴が7日、晴のち曇が1日、曇が1日、雨のち曇1日と晴れが圧倒的です。

しかも、気温を見ると、2018年を除き、最高気温は全て真夏日の30℃を越えています。そして、最低気温も、 2018年を除き、 全て夏日25℃越えです。

完全に夏真っ盛りで、秋の気配なんて、ほとんどではなく、全く、全然、ありません。やはり、二十四節気と現代のカレンダーではずれがあるんですね。

平均気温を見ると、最高気温31.8℃、最低気温が25.2℃と大暑(29.5℃、23.6℃)の上をいっています。

二十四節気の中でも最高気温を記録しました。こちらが大暑のようですねエ。暑くてたまらんぞ!

4.立秋の七十二候

涼風至(りょうふういたる):秋を感じさせる涼しい風が吹く頃

最初の七十二候では、このように出ています。

しかし、前述したとおり、日本では、これからもう一段暑さが巡ることになりそうです。

暑さに負けず頑張ろう!

寒蝉鳴(かんせんなく):ヒグラシが鳴き始める頃

寒蝉(かんぜみとも読む)とは、秋に鳴くセミで、ヒグラシやツクツクボウシなどを指します。

この七十二候ではヒグラシを指しています。

ヒグラシは、夏の終わりごろに現れる蝉で「カナカナカナ」と鳴くのが特徴です。

このセミが鳴きだすと秋の訪れを感じます。

蝉取りをやった時、夏の終わりにこの蝉を捕まえることができると嬉しかった記憶があります。

最近では、ヒグラシの鳴き声を聞くことが少なくなったように思います。

蒙霧升降(もうむしょうごう):深い霧が立ちのぼり降る頃

蒙霧とは、立ちこめる霧のことで、升降はのぼることと降りることです。

発生した霧が一面に広がるような意味でしょうか。

昔は、秋口に霧が発生したのでしょう。最近はとみに見なくなりましたが。

だんだんと秋の気配が強まってきている七十二候だと思います。

5.かき氷

まだまだ暑いので、かき氷について考察してみました。

60爺は、この季節になると、かき氷を食べたくなります。

ふわふわのかき氷に、好みのシロップをかけていただく。たまりませんねエ!

さらに、練乳をかけると最高ですね。

焦って食べるのは禁物です。頭にキーンときちゃいます。

さて、このかき氷の期限ですが、なんと平安時代まで遡るようですよ。

史実に記録として残っています。平安時代に清少納言の『枕草子』の「あてなるもの」(上品なもの、良いもの)の中に、こんな記述があるそうです。

金属製の器に、氷を刃物で削った削り氷(けずりひ、文中では「けつりひ」)に、蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら、蔦の樹液または甘茶蔓の茎の汁)をかけて食したようです。

甘葛とは、甘味料のひとつで、砂糖が貴重な時代には水飴と並んで重宝されたものです。

記述は、「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」となっています。当時のかき氷は小刀で削るもので特権階級しか口にできないものですね。

あの時代には、冷蔵庫なんかなかでしょうから、遠い山から切り出した氷なんてのは、とんでもない貴重品だったと思います。

60爺が子供のころは、夏になると、近所の駄菓子屋で、かき氷を売っていました。

甘味屋などでも夏になると、「氷」ののれんが出て、販売していましたね。

今では、駄菓子屋も甘未屋もあまり見かけなくなりました。

かき氷は、ファミレスで口にするのが多いです。これも時代なのでしょうか。

※参考
wiki

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