二十四節気寒露の意味とは?過去10年の天気と七十二候も

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1.寒露とは

寒露は「かんろ」と読みます。二十四節気の第17です。

2つ前の節気に「白露(はくろ)」がありましたが、白から寒に変わっています。季節的に、寒くなってきたという意があります。

露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き始めるころ。『暦便覧』では、「陰寒の気に合つて露結び凝らんとすれば也」と説明している。(Wikiより)

雁、菊、コオロギなど、秋の代名詞みたいな単語が出てきています。

ほぼ日手帳の寒露の説明は以下です。秋の進んでいる様が、わかる季節になってきたということですね。露それ自身は同じものでも、外気温が下がってくる感じのわかる節気です。

朝晩の冷え込みがはっきり感じられるころ。草や葉に冷たい露が宿り、秋の深まりが感じられます。農作物の収穫が最も盛んになる、農家の繁忙期です。

歳時記カレンダーではどうでしょうか。

「朝夕は肌にやや寒気を感じ始め、そぞろ秋も深まりゆく」ですか・・・。やはり、秋本番ということですね。

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2.今年の寒露と過去の出来事

今年の寒露は10月8日ですね。

(1) 過去の出来事

10月8日ですが、過去にこんな出来事がありました。

1203年(建仁3年9月2日) – 源頼家の外戚として権力を誇った比企能員が滅ぼされる。(比企能員の変)

鎌倉時代の源氏二代目源頼家の外戚の比企能員が、他の御家人、北条らに滅ぼされた事件がありました。この時代、力の時代ですから、権力をふるうのにも命がけだったわけです。

比企能員ら比企一族は、わずか一日で滅亡してしまったようです。

1716年(享保元年8月23日) – 江戸幕府の役職として御庭番新設

江戸時代、「暴れん坊将軍」で有名な?徳川吉宗が創設した幕府の役職ですね。御庭番衆は、将軍から直接の命令を受けて秘密裡に諜報活動を行った隠密を指します。

いわゆる忍者のイメージが強いですが、実態は、時々命令を受け、江戸市中の情報を将軍に報告したり、身分を隠して地方に赴き、情勢を視察したりしていた程度だといわれています。

(2) 寒露の日付

寒露はいつなのか、以下の計算式で簡単に出せます。

1984年 – 2011年 年を4で割った余りが3のとき10月9日、それ以外は10月8日
2012年 – 2047年 10月8日

2012年から2047年までの36年間は10月8日が寒露になるわけですね。

3.寒露のお天気

さてさて、朝晩が冷え込むと言っている寒露ですが、過去のお天気はどうなっているのでしょうか。

例によって、過去10年のお天気を調べてみましょう(goo天気)。しのぎやすい結果が出るでしょうか?

過去10年でみると、晴れが2日、晴れのち曇りが5日、曇りのち晴れが2日で曇りが1日と天気は安定しているようです。

最高気温は2013年の28.7℃が最高で、後は概ね25℃前後ですね。気温も落ち着いています。これを見る限り、しのぎやすくなっているようです。

最低気温を見ると、2015年は14.2℃と15℃を切りました。2013年の22℃、2018年の22.6℃と20℃越えがありますが、あとは全て20℃を切っています。

平均を見ると、最高気温24.9℃、最低気温が18.0℃です。秋分と比べると、最高気温は0.1℃上がっていますが、最低気温が2.0℃も下がっています。

これからみると、秋の気配が濃厚になったと言って良いと思います。

4.寒露の七十二候

さて、寒露の時期の七十二候ですが、次の三つが現れます。

鴻雁来  10/8-12
菊花開  10/13-17
蟋蟀在戸 10/18-22

歳時記カレンダーを見ながら、その内容を見ていきましょう。

鴻雁来:こうがんきたる ガンが北地より飛来する頃

60爺は、雁が渡ってくるのを見た記憶はありませんが、昔の人は、そういう時期だと知っているわけですね。

菊花開:きっかひらく キクの花が咲き始める頃

この時期になると、大輪の見事な菊を見ることができるようになりますね。

蟋蟀在戸:しつそつこにあり コオロギ(キリギリスの説もあり)が戸口あたりで鳴く頃

60爺の住んでいるところは谷戸なので、秋になると虫の音がすごいです。

もう、そんな季節になるのですね。

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