端午の節句=こどもの日ではなかった!菖蒲、柏餅、粽の関わり

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またまた、60爺の長女ちゃんから投稿がありました。今回は、「端午の節句」についてです。

コートが要らなくなる丁度良い陽気が続いていますね。
一時期の気候は寒くなったり暑くなったりと忙しかった感じがします。

体調管理も皆さん大変だったのではと思います。

筆者も寒い日に春物コートを羽織っていったら凍死しかけたり、暑い日に冬物コートを羽織っていったら蒸し地獄に見舞われました!

そんな中、月日が流れるのは早く、5月となってしまいました。元号も「令和」に変わりまして、大型連休も後半戦です。イベントがたくさんありますね!

1.端午の節句とは

その中で今回は端午の節句について書かせて頂きます。

端午の節句は男の子の健やかなる成長を願う行事になっています。

その起源は桃の節句と同様中国にあります。(桃の節句については過去の記事を参照願います)。

前の記事でも触れましたが、中国では月日が同じ日付は縁起の悪い日とされており、その日は厄除けの植物を飾る習慣があります。

2.かける思い

(1) 菖蒲について

5月は菖蒲の季節です。

←花菖蒲ですね。

根はお酒に浸して摂取したり、葉っぱは湯に浸して菖蒲湯として入り無病息災を願いました。

菖蒲の季節は旧暦でいうと6月なので、初夏ですね。
春から夏になる季節の変わり目です。

皆さんもその頃は体調を崩しやすいこともあるのではないでしょうか。

菖蒲湯は血行促進、リラックス効果等あります。女性には嬉しい保湿効果もあります!

菖蒲酒には食欲増進、疲労回復効果があるそうです。

先人の方々はそういったことを自然に踏まえて、菖蒲を飾り、余すことなく活用しているんだなぁと沁々感じます。冒頭でも触れましたが、体調管理がしっかりしていた感じもします。

(2) 柏餅、ちまきについて

他に柏餅は柏が新芽が出るまで葉が散らない木なので、「子孫繁栄」の縁起をかついでいるそうです。

また、ちまきは中国の故事から来ているそうです。

屈原(くつげん)という人々に慕われた政治家が陰謀によって失脚し、川に入水しました。

人々は彼の死体を魚に食べられないよう、もち米を丸めたものを川に入れたというのがちまきの始まりだそうです。

3.日本への伝来

中国の端午の節句が日本に伝わると、日本人お得意のお祭り化がされます。 

伝わった時期が、諸説あり、平安時代には宮中で催されていました。

それが民間に伝わり田楽、田植え時の歌と踊りと合体して独自の祭りを形成しました。端午の節句=男の子お祭りではなかったのですね。大雑把に言えば、豊作を祈ったお祭りでした。

それから、武士が台頭してきた時代に菖蒲は尚武(武道・武勇を重んじる)がかけられ、男の花として重んじられました。そこから江戸時代には鯉のぼりを立てるなど、今の形に近い男の子のお祭りとしての端午の節句になっていたのです。

だいたいでまとめましたが、由来は諸説あってどうまとめようか悩みました(汗)。

皆さんもこれを機に端午の節句について知識を深めてみてください!

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