母の日とカーネーションその裏に人知れず壮大な闘いがあった

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端午の節句に続き、我が長女ちゃんから、新しい投稿が来ました。

5月といえば、こどもの日=美味しいものが食べられる日!!と、食べることに目がない筆者です。

我が家にはもう一日美味しいものが食べられる日ができました!そう、それが今日話題にする母の日です。

日頃から家族のために働くお母さんのため、プレゼントを用意する方もいらっしゃるのではないでしょうか。

プレゼントも種類が多くなってきましたね。スイーツやグルメ等、食べ物商戦が熱かったりします!!
ケーキに関しては本当に各社色々と考えているなぁと。

脱線しましたが、母の日の由来について書いていきたいと思います。

1.母の日とカーネーション

母の日はカーネーションを送るというのがあります。

それはアメリカのとある女性の働きかけがきっかけでした。

アンナ・ジャービス、母の日の創設者にして、後に反対派に転じた人物です。

ん?どういうこと?せっかく、母の日ができたのにそれを無くしたいっていうのはおかしくないかと思いますよね。

しかし、これは彼女の理想があったからこその考えでした。

1907年の第二日曜日にアンナ・ジャービスが亡き母を追悼するために白いカーネションを贈ったことが始まりとされています。

この頃は母親が存命か否かで赤か白かで色分けされていませんでした。

2.カーネーションの花言葉

ちなみにカーネションの花言葉は「無垢で深い愛」だそうです。

母の深い愛を表すのに最適な花ではないでしょうか。

また、色ごとに花言葉は違うそうで、母に贈る定番の赤には「母の愛情」、白には「純粋な愛」。

他にピンクは「女性の愛」「美しいしぐさ」、黄色は「軽蔑」。
んー、黄色は色が綺麗なのに言葉が微妙だったり…。

調べてみると紫や青もあるそうです。

3.母の日創設者の壮絶な戦い

脱線はしましたが、アンナが亡き母にカーネションを贈り、そしてその習慣がアメリカ全土に広まり、1914年5月の第二日曜日が母の日の祝日となったのです。

そして、その後彼女の戦いが始まるのです。

その対戦相手は資本主義!

噛み砕いていくとある日アンナはカーネションがあり得ないくらい高い値段で売られているのを見て愕然としたそうです。

商業というのはイベントごとがあれば、それに関連したものを売り出す!儲ける!というのが普通ですから。

カーネションも例外じゃありません。

ただ、彼女はお金とか物とかそういう目に見えるものではなくって「純粋な気持ち」で母を労ってほしいという想いがあったのでしょう。

それをきっかけにアンナは無謀ともいえる戦いに挑んだんです。例えば、自身が創設した母の日の祝日を無効にする裁判や時の大統領夫人に対しても母の日を利用して利益を不服に得たということで裁判を起こしたり…。

結果は惨敗でした。

晩年は散々だと言われている彼女ですが、私はそうは思いません。
自身の信念のために戦い続けた彼女は立派だと思います。

「この壮絶な闘い」は世間一般には知られていないですが、「母に感謝」とはどういうことで現せたらいいか考えさせられます。

結局、自分たちなりの感謝を母に伝えられればそれでいいのではないかなと思います。

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