クレオパトラは本当に美人だった?肖像画や記録から真相を考察
クレオパトラと言えば、「世界三大美女」のひとりとして有名です。
しかし近年では、「実は絶世の美女ではなかった」という説も広く知られるようになりました。
実際、現在残るコイン肖像や歴史資料を見ると、現代的な意味での「美人」とは少し違う印象もあります。
では、なぜクレオパトラは美女として語り継がれているのでしょうか。
今回は、残された肖像画や歴史記録などをもとに、クレオパトラは本当に美人だったのかを考察していきます。
クレオパトラは本当に美人だったのか【結論】
結論から言うと、クレオパトラは現代的な意味での「絶世の美女」だったとは断定できません。
現在残されているコイン肖像や石像を見る限り、鋭い鼻やあごを持つ顔立ちで描かれていることが多く、現代日本で一般的にイメージされる「美人像」とは少し違います。
また、古代ローマの歴史家プルタルコスも、クレオパトラについて「類い稀なる美人ではなかった」という趣旨の記録を残しています。
その一方で、知性や話術、魅力的な声によって多くの人を惹きつけた人物だったとも言われています。
つまり、クレオパトラは、「顔立ちだけで評価される美女」というより、「人を惹きつける力を持ったカリスマ的女性」だったと考えるのが自然でしょう。
クレオパトラは、美容にも気に使っていたらしいですよ。
⇒ クレオパトラの美容法とは?牛乳風呂や化粧の真相を分かりやすく解説
クレオパトラが美人と言われる理由
クレオパトラが美女として語られる理由には、次のようなものがあります。
- 世界三大美女として知られている
- カエサルやアントニウスを魅了した
- 映画や創作作品の影響が大きい
こうした点から、クレオパトラは長い間「美貌の女王」というイメージで語られてきました。
では、それぞれの理由を見ていきましょう。
世界三大美女として知られている
クレオパトラは、楊貴妃、小野小町と並び、「世界三大美女」のひとりとして広く知られています。
そのため、「クレオパトラ=絶世の美女」というイメージを持っている方も多いでしょう。
ただし、「世界三大美女」は古代から正式に定められていたものではなく、後世に広まった呼び方です。
また、現在のように写真が残っているわけではないため、実際の顔立ちよりも、「歴史的影響力」や「魅力的な人物像」が大きく影響しているとも考えられています。
ただ、ベルリン美術館には、以下のような像が残っているのです。

カエサルやアントニウスを魅了した
Jean-Léon Gérôme, Public domain, via Wikimedia Commons
絨毯の中からカエサルの前へ現れるクレオパトラ “Cléopâtre et César" ジャン=レオン・ジェローム画、1886年
クレオパトラは、ローマの英雄ユリウス・カエサルや、将軍マルクス・アントニウスと深い関係を持ったことで知られています。
National Gallery of Art, CC0, via Wikimedia Commons
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ『アントニウスとクレオパトラの出会い』(1740年代)ナショナル・ギャラリー (ワシントン)
当時の世界を動かしていた有力者たちを惹きつけたことから、「非常に魅力的な女性だった」と考えられるようになりました。
そのため、後世では「魅力的な女王」というイメージが強まっていったのでしょう。
こちらでは、クレオパトラとアントニウスの関係の記事もアップしています。
映画や創作作品の影響も大きい
クレオパトラは映画や舞台でも数多く描かれてきました。

特に有名なのが、1963年の映画『クレオパトラ』でエリザベス・テイラーが演じたクレオパトラです。
さらに、次のような美女女優たちもクレオパトラ役を演じています。
- ヴィヴィアン・リー
- ロンダ・フレミング
- ソフィア・ローレン
- リンダ・クリスタル
- パスカル・プティ
- エリザベス・テイラー
- モニカ・ベルッチ

このように、時代を代表する美女女優が演じ続けたことで、「クレオパトラ=美女」というイメージが定着した面も大きいと考えられます。
また、クレオパトラは悲劇的な人生を送った女王としても有名です。
若くして女王となり、ローマの英雄たちと関係を持ち、最後は自ら命を絶ったとされる人生は、多くの創作作品の題材となりました。
こうしたドラマチックな人生も、「美貌の女王」というイメージを強めた理由のひとつなのでしょう。
クレオパトラの死因を追いかけた記事もあります。
クレオパトラは美人ではなかったと言われる理由
一方で、クレオパトラは「実は美人ではなかった」という説もあります。
主な理由として挙げられるのは、次のような点です。
- コイン肖像では鋭い鼻やあごで描かれている
- プルタルコスが「類い稀なる美人ではなかった」と記している
- 復元画像でも現代的美人とは言い難い
では、それぞれの内容を確認していきましょう。
コイン肖像では鋭い鼻やあごで描かれている
クレオパトラの肖像として有名なのが、当時発行された硬貨に刻まれた横顔です。
Classical Numismatic Group, Inc. http://www.cngcoins.com, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons
紀元前32年頃鋳造された銀貨。左がクレオパトラ、右が裏面のアントニウス
そこでは、鋭い鼻や細長い顔、とがったあごなどが描かれており、現代的な「美人像」とは少し異なる印象を受けます。
もちろん、当時のコインは実物そっくりに作られていたとは限りません。
ただ、少なくとも「誰もが驚く絶世の美女」というイメージとは違うと感じる方も多いでしょう。
プルタルコスは「類い稀なる美人ではなかった」と記している
Zde, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
プルタルコス
古代ローマの歴史家プルタルコスは、クレオパトラについて「決して類い稀なる美人ではなかった」という趣旨の記録を残しています。
このため、「クレオパトラは実は美人ではなかった」という説が広まるようになりました。
ただし、プルタルコスは同時に、クレオパトラには強い魅力があったとも伝えています。
復元画像でも現代的美人とは言い難い
近年では、残された石像や肖像をもとに、CGによる復元画像も作られています。
しかし、それらを見る限り、「現代のモデルのような美女」というより、個性的な顔立ちとして表現されるケースが多いようです。
そのため、「絶世の美女」というより、「独特の魅力を持つ女性」と考えた方が自然かもしれません。
クレオパトラが人を惹きつけた本当の魅力
クレオパトラの魅力は、単純な顔立ちだけでは説明できません。
特に注目されているのが、次のような点です。
- 知性や語学力に優れていた
- 声や会話に魅力があった
- カリスマ性によって歴史に名を残した
こうした特徴を見ると、クレオパトラが強い存在感を持つ人物だったことが分かります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
知性や語学力に優れていた
クレオパトラは非常に聡明な女性だったと言われています。
複数の言語を操り、政治や外交にも優れていたとされ、単なる美貌だけで評価されていた人物ではありませんでした。
当時の混乱した時代の中で、エジプトを支え続けたことからも、その能力の高さがうかがえます。
また、現在でもクレオパトラについては様々な研究が行われており、その人物像について多角的に検証が続けられています。
「声」が魅力的だったとも言われる
プルタルコスは、クレオパトラについて「声や会話に強い魅力があった」と記しています。
単純な顔立ちだけでなく、話し方や知性、存在感などを含めた魅力によって、人々を惹きつけていたのでしょう。
そのため、「美貌だけの女性」として語るのは、実際のクレオパトラ像とは少し違うのかもしれません。
カリスマ性によって歴史に名を残した
クレオパトラは、単なる恋愛の話題だけで語られる人物ではありません。
古代エジプト最後の女王として、大国ローマと渡り合った歴史的人物です。
2000年以上たった現在でも名前が語り継がれていること自体、彼女が非常に大きな存在だったことを物語っています。
まとめ
クレオパトラは、「世界三大美女」のひとりとして有名ですが、現在残る肖像や歴史資料を見る限り、現代的な意味での絶世の美女だったとは断定できません。
一方で、知性や話術、存在感などによって、多くの人を惹きつけた人物だったことは間違いないでしょう。
また、後世の映画や小説などで「美貌の女王」として描かれ続けたことも、現在のイメージ形成に大きく影響していると考えられます。
2000年以上たった今でも語り継がれていること自体、クレオパトラが歴史上でも特別な存在だった証なのかもしれません。
参考資料
Cleopatra|ブリタニカ百科事典
プルタルコス『英雄伝』
クレオパトラに関する研究紹介|東京大学
クレオパトラ7世|Wikipedia
※思えば、歴史雑学の記事も増えてきました。









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